津軽十三湖しじみ亭奈良屋
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小説「津軽」を歩く。
[十三湖の風保存版](当店発行の情報誌『十三湖の風 第8号』より)

この海に太宰は何を思ったのだろう。


▲薄日が日本海に映える。下前漁港を眺む。

小泊から竜飛、そして三厩へ

 今年の津軽は寒い。この日も例年にない寒さと小雨にみまわれていた。 「十三湖の風」第七号で太宰治の生家「斜陽館」を紹介したが今回は彼が昭和一九年(一九四四)、小説「津軽」の取材のために訪れた地を辿ってみた。あいにくの天候だったがこのどんよりした風景はむしろ晴天の津軽よりは小説「津軽」と太宰治の雰囲気を感じさせてくれるような気がした。

    *      *

 彼が津軽半島の日本海側では最北にある漁港、小泊を訪れ金木の生家で自分を育ててくれたタケに会った話しは小説「津軽」に詳しく書かれてある。太宰は小泊についてタケの家を訪ねるのだが家中が留守であった。そこへタケの娘が戻ってきて小学校の運動会を観覧しているタケのところへ案内された。そのグラウンドには運動会を観覧応援する人たちが掛け小屋を作るのだがその中にいたタケと並ぶのだった。その時を太宰は「私はこの時生まれてはじめて心の平和を体験したと言ってもよい」と小説津軽に書いている。

 今は整備されたこの小泊小学校のグラウンドは小高い丘の上にありそこからは小泊の町と日本海を眺めることができた。グラウンドに隣接した「小説津軽の像記念館」の庭には並んで坐るタケと太宰の像が建てられてあった。しばらく像を眺めた後、入館料二○○円を払い記念館に入った。悪天候のせいと観光シーズンではない時期なのか見学者は他に見当たらなかったが、受付の女性がお茶をすすめてくれた。そのお茶を片手に太宰についてのビデオを見せていただいた。数本の語りになっていて大型スクリーンの上映もあるが小さな画面 では自分で選択してみることもできた。タケとの思い出の資料や太宰が津軽を回った資料がたくさん展示されていた。

 その小高い丘を下り小泊漁港へ向った。湾内の海面は天候のわりには静かであった。カモメたちものんびりと羽を休めている。意外と漁船が少ない。岸壁近くの店先には一夜干しのホッケやイカが吊るされていた。店先では一人の女性が小さな七輪でそのイカを焼いていた。あまりにも香ばしいその匂いに二〇〇円を払い一枚食べることになった。「今年はいつまでも寒いからまだこの時期でもホッケがあがるんだよ。この分じゃイカ漁が始まるのは遅くなるよ。ここのイカ漁船は今、南の方の海へ行ってるんだ」と熱々のイカをほうばっている私に話してくれた。なるほど大きな漁船が少ないはずだ。この時期は石川県沖でここの船たちが漁をしているようだとも教えてくれた。しかしこの静かな湾はきれいだ。おだやかでゆっくりしている。心が落ち着く風景である。漁期になれば賑やかになるのだろうが。

 漁港を離れ町の中心部にあるタケが晩年まで暮らした家に回ってみた。そこは越野金物店といいタケが嫁いだところである。人通 りの少ない小さな商店街にそこはあったがすでに店は閉じられていた。看板はなかったが道路に面 したサッシのガラスに越野金物店と書かれた紙が一枚貼ってあった。


▲竜飛漁港には太宰の碑がある。


▲小説「津軽」の像(小泊)


▲小泊漁港ではカモメが羽を休めていた



▲青いトラックが止まっている二階建てがタケの家である。

▲「小説津軽の像記念館」
  TEL 0173-64-3588

▲小泊から竜飛に続く海岸線にはいくつもの船小屋が見える。


▲漁港につながれたイカ漁船。


▲ホッケとイカが干された道端で会話の弾む女性達。

▲若葉を海面に映し、静かに佇む小泊漁港。


▲津軽国定公園「七つ滝」
船小屋が続く海岸線

 翌日、小泊から竜飛崎へ向った。相変わらず天候は小雨でしかも霧が多かった。小泊を出て山沿いの坂を下ると海岸が目の前に広がってきた。道の右は「道の駅こどまり」で交流施設「ポントマリ」にはレストランや売店がある。レストランでは近海でとれた煮魚の定食等を食べる事ができる。再び海岸線を北へ進むと突然右手に大きな滝が現れた。日本海の激浪で岩が削られてできた津軽国定公園の「七つ滝」だ。車を止めしばらく滝を眺めた。そこから海の方へ振り返って目を北に向けると海岸沿いには幾つかの小さな船小屋が並んでいた。白い波が押し寄せるその風景は北津軽の旅情をかき立ててくれる。その北へさらに車を走らせると急な坂とカーブの続く道となった。みるみる間に海が低くなって行く。あっと言う間に車は高度を上げた。その急なカーブごと眼下には日本海が現れたり、山側のうっそうとした若葉とヒバの原生林が霧に薄れながら見事に神秘的なコントラストを見せてくれた。

 竜飛崎へ運んでくれるこの道は竜泊ラインである。冬は通行止めになる。途中、眺瞰台という津軽海峡を間に北海道が目前に見える展望台があるのだが濃霧で見る事はできなかった。

 やがて竜飛崎に辿り着きその岬の真下にある竜飛漁港へ急坂を下った。ここには太宰が泊った「奥谷旅館」があったが、今は旅館は廃業し民家になっている。漁港からは頭上に竜飛崎の先端が見えた。この小さな漁港に立つと太宰が小説「津軽」で『鶏小屋に似た不思議な世界』と例えたことが分かるような気がした。

 竜飛漁港を後にして左手に津軽海峡を眺めながら国道三三九号線を三厩村に向い「義経寺」を訪れた。三厩の漁港を足下に見ながら小高い丘の上にある寺へ急な階段を登った。遥かな津軽海峡は霧にかすんでいた。昔、源義経がここから馬に乗って北海道へ逃れたという伝説がある。三厩という名前はそこからきているらしい。

 朝から降っていた雨が一段と激しくなってきた。今回はここで終わる事にした。同じ道を歩き同じ風景を眺めた。太宰治はこの津軽をどんな気持ちで歩いたのだろう。もう一度小説「津軽」を読んでみたくなった。津軽はこれからおだやかな良い季節になる。是非、皆さんも太宰の道を訪れてはいかがだろう。


▲竜泊ラインから遥か向こうに小泊漁港が見える

▲新緑の若葉と原生のヒバが霧の中に美しいコントラストを見せている。竜泊ライン。

▲この岩の下に現れた馬で義経は海を渡ったという。


▲津軽最北の港、竜飛漁港

▲三厩漁港を見おろす高台に建つ義経寺





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